■ 助産婦の出産。子育ての現場から
                     
      助産婦として、そこはかとなく思うこと
           -いち助産婦として-


赤ちゃんに初めて直接、手を触れさせて頂く瞬間に出会うとき、『本当に私でよいのかしら』という思いを抱きます。
お母さんに余裕がありそうなときは、まずお母さんに赤ちゃんを触れてもらうよう心掛けています。
赤ちゃんが、まずはお母さんに触れて欲しいと思っているのではないかと感じるからです。

 赤ちゃんはたくさんの陣痛を感じることて゛、お母さんからのたくさんのholdingを受け、誕生してきてくれるのだと思います。

私たち、医療従事者はその邪魔をすることなく、生まれる力と産む力が最大限に引き出され、上手にリンクされるようお手伝いさせて頂けたらと思っています。                          
07/1/12

 少子化は、大人のビジネス原理と個人主義、コンビニエントな生活により助長されているように私は思います。子どもを授かり、誕生を喜んで迎え、その子どもがその子らしく成長するのを見守る喜びや楽しみ、幸せをを、今、母となる世代に受け継がれていないように思えてなりません。お産は辛くて大変だとか、子どもがいると自由が効かないだとか・・・。 子どもを授かり、誕生を迎え、ともに親子として育つ有り難みを、次の世代に伝えられなければ、少子化は進んでいくように思います。 我が子を授かり、誕生してくれたときの感動と幸せと感謝を、是非ともお母さん方は伝えて欲しいと思います。
私の母はかなりの難産で、私は仮死状態で生まれたそうです。母から、私の誕生に際しては暖かい言葉を聞いたことがありません。母も辛かったのでしょう。しかし幸い、私はお産の素晴らしさを知ることが出来、我が子には誕生の時をどれほどに待ち詫びて、あなたを抱いた瞬間は嬉しくて幸せで仕方なかったのよ!と伝えることが出来ます。子ども達は何度も『私が生まれたときはどうだった?』と尋ねてきます。自分の誕生を両親や周りの人々が肯定的にとらえていることは、その子自身の自己肯定に繋がるのではないかと思っています。
助産婦として、お母さんのお産、赤ちゃんの誕生という母子の出会いをいかにお手伝いさせて頂くか、とても大切だと思っています。
最近、よく思うことです。
昨夜は呼吸が不安定な、けれど元気がよい赤ちゃんをヒヤヒヤしながら看させて頂いてました。なかむらで看させて頂いくにはちょっと心配、でも搬送までは・・・という状態でした。結局、○○先生にご相談させて頂き、的確な指示を受け、無事に今も経過しています。
不必要な医療介入と母子分離を回避するためには、心あるドクターの協力がなくては成り立たず、サポート頂けることに、ただただ感謝です。 07/1/13

新井一令様
来月、還暦をお迎えになられるのですね。おめでとうございます。 何日がお誕生日ですか。我が家も来月、次女が5歳を迎えます。『5歳になったら(アイススケートの)真央ちゃんになる!』そうです(笑)。次女の誕生は自宅で迎えました。まるで日常のヒトコマのように、私は何の違和感も特別な緊張を覚えることなく、そして生まれた娘はずっと前から家族の一員の顔をしていたことが、鮮明に私の記憶に焼き付いています。長女の誕生は助産院でお世話になりました。どちらもとても幸せで暖かいものでしたが、お産の前は遺書を書こうかと真剣に考えました。 自然に身を委ねられると、母の産む力と赤ちゃんの生まれる力は最大限に発揮されやすくなると思います。 しかし、万が一、母子に問題が生じた時は、医療機関でのお産よりは数々のリスクも伴います。
そのリスクを出来るだけ回避するためには妊娠中、それ以前からの準備が必要ですし、万が一に出会ったときに、引き受ける覚悟が必要で、それはもしかしたら、産む側のエゴかも知れないと思い悩んだからです。赤ちゃんの誕生もお母さんのお産のときも、実は一番死に近いことを知っていたからかも知れません。
自宅でのお産を決めたひとつに、長女と離れてしまう寂しさを回避したいとの思いもありました。もしかしたら、長女は私が数日留守にすることはへっちゃらだったかも知れませんが、私が寂しくて、気持が赤ちゃんに集中できないのではないかと思ったのです。次女の誕生を見届けてくれた長女は、多少の赤ちゃん返りをしつつも、大きな違和感なく次女をいとおしんでいました。
次女の妊娠中は、仕事がとても忙しく、2〜3日、帰宅できないこともありました(明らかな消極的ネグレクトですが)。そんな妊婦を支えて下さった開業助産婦に、今でもこころから感謝しています。
私の今の夢(妄想)は、宝くじを当てて、ヘリを買い、僻地でのお産をフットワーク軽くお手伝いさせて頂くことです。 沖縄の離島にお住まいの妊婦さんは、予定日が近くと本島に渡り、陣痛が来るのを待つそうです。 そのような現状を耳にしては胸が痛みます。お産と誕生は、母と子が主体で迎えられるものであるべきで、医療従事者の都合が優先されるべきではないと思います。 なんとか、母と子にお産と誕生を取り戻すお手伝いをさせて頂きたいと思います。07.1.17  (新井一令*誕生日は2月6日です)


-お産と誕生を見守らせて頂く者として感じること-
お産をされる方にとって、我が子を迎えるために避けて通れないのが陣痛で、この時をどのように過ごして頂くのがよいのかと、いつも模索します。
 必ず痛みを伴うので、一人で過ごすのはいろんな不安が同伴することが多いように感じます。
助産婦として、その不安を出来るだけ軽くするお手伝いをさせて頂けたら・・・と思います。
 どんなお産でも、母のみでなく、母を支える方のサポートも大切なことと思います。人のこころは響きあいます。母を支える方が不安や焦りを覚えると、その思いは母にも伝播して、母に緊張を与え、お産を難しい方へ導いてしまいます。

 反対に、腹をくくって母を支えて頂けると、母も余計な不安や緊張を覚えることなく、我が子の誕生を待つことが出来やすくなると感じます。
そのためには母を見守り、支える方をお支えすることも助産婦の大切な役割だと思います。それは母を支えるパートナーだったり、実母だったり上のお子さんだったりします。もちろん助産婦もです。

  かつて私も長くかかるお産につかせて頂くと、早く生まれてくれたら、お母さんは楽になるのに・・・と思っていた時期がありました。けれどお産には赤ちゃんの抱える事情があり、赤ちゃんが元気に誕生を迎えるために必要な時間があると思うようになると、長くかかるお産が必ずしも悪いことではないと感じます。
  母と母を支えるものは、そこはかとなく、誕生のときを待つしかないのです。 腹をくくって待つという、とても大切なことが難しい人が多くあります。

  大人の合理主義とは無関係に赤ちゃんや子どもは尊重されるべきだと私は思います。
これからお産を迎えられる方、お産を支えられる方はどうぞ思いきり、楽しんで赤ちゃんに振り回されてみて下さい。
今まで気付かなかったたくさんの教えを赤ちゃんから教わることと思います。          07.2.13


-お産をみつめる子どものこころ-

 お産、そして赤ちゃんの誕生をご家族と一緒に迎えられることは、お産が自然の営みという視点で見ると、当たり前のことだと感じます。勿論、一番大切なのはお産をされる母とご家族の思いで、押し付ける気はありません。
お母さん方の中でもご家族とのお産を希望されることが多いようです。

 また、新しい命を迎える家族のサポートが稀薄でいやおうなく上の子がお産に立ち会うこともあります。
その子その子によって受取り方はもちろん様々です。
  泣いてしまう子、全く興味がないかのように動き回る子、押し黙ってじっとしている子・・・。どの子にも言えることは『痛がっているお母さんを見ていることは初めての体験で不安でたまらない』ではないかと感じます。
  兄弟の誕生を見守るにあたり、不安な気持を支える大人の存在は、誕生を一緒に迎えるに当たって、とても大切な存在のように思います。
『痛い思いをしてるお母さんを見てると心配だね』と話し掛けると多くのお子さんは『うん』と小さく頷きます。
『赤ちゃんが生まれたらお母さんは痛くなくなるけん大丈夫よ』と話すと、どんなちいさな子もまた、こくんと頷いてくれることがほとんどです。
  自分の不安な気持を分かってくれる人がいると気付いてくれると、少しほっとした表情に変わり、過度な緊張から解放されるように感じます。
  お父さんが一緒でも、多くの場合、お父さんはお母さんを支えるのに必死で上のお子さんまで気が回らないことが多いように感じます。
兄弟を迎える子どもの気持をを子どもの視点に立って、一緒に見守り、さらに不安な気持を支えてくれる人があると、過度の不安の解消に繋がるように思います。
お子さんと一緒にお産を迎えるときは、その子がどんな精神状態に置かれているかにも心を配っていただけたらと思います。
                                             07.3.16

とっても気になる赤ちゃんとお母さんたち

 最近、たまたまかも知れませんが、とっても気になる赤ちゃんとお母さん方に、立て続けにお逢いしました。 生後6ヶ月くらいの赤ちゃんが、一見、とてもおとなしく、表情も乏しく、お母さんの前で黙って空を見つめているのです。

 抱っこを求めることもなく、寝返りを打つこともなく、2時間のクラスの間中、ずっと。 そしてお母さんはと言うと、赤ちゃんがおとなしくしていてくれているからでしょうか、赤ちゃんを見つめることもなく、私の話を聞いてありました。 私は、次第にクラスの進行よりも、その母子が気になって仕方がありませんでした。どんな背景がおとなしい赤ちゃんと、その赤ちゃんをあまり気にならないお母さんにあるのかと。お節介なのでしょうが、愛着障害とボンディング障害さえ懸念してしまうほどでした。

 お母さんが赤ちゃんに思うように絆を結びづらいことがあるのではないかと、クラス終了後、お話をさせて頂きました。 お母さんの語って下さった中には「上の子の赤ちゃんがえりがひどく、また、赤ちゃんがおとなしいこともあり、授乳以外のお世話は義母がしてくれています。

赤ちゃんは派手に泣くこともなく、家でもおとなしいので、私はついつい置き去りにしてしまっています」とのこと。お母さんも日々、大変な思いをされている様子が伝わって来ました。 そんな中でも赤ちゃんにとってもお母さんが一番のかけがえのない存在であることをお伝えし、可能な限り赤ちゃんを抱っこして、授乳の時にはしっかり赤ちゃんを見つめてあげて下さいねとお願いをしました。

  赤ちゃんの体重増加がゆっくりなことも気になり、それから2週間後に再度来て頂きました。

お母さんは「出来るだけ抱っこして、授乳の時には赤ちゃんを見つめるようにしています」と話して下さいました。
前回とは違い、体重を測らせてもらうのに赤ちゃんをお預かりしてお母さんから離すと泣き出していました。
まだ笑顔は見られませんでしたが、表情も出てきているように感じました。 もっと母子の絆と愛着形成について、早くからお伝えさせて頂けていたらと、深く反省しました。

 挙げたらきりがないほど、気になる母子があります。 希薄な現代社会の落とし穴でしょうか。
お母さん方に悪気はないのです。
負の世代間伝達を断ち、母子が心地よく育まれるようなお手伝いをさせて頂けるようにと痛感しています。
                                                    08.2.17




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